アグン山の情報についてはいろいろな人がいろいろと書いていると思うので、ソカバリでは書かないでいいかなーと思っているのですが。警戒度4になってから1ヶ月以上経つような。

まだ噴火しておりません(するのか?)。むしろ日本や他の国では噴火した山もあるみたいですね…。
※後日談:警戒度もレベル3に下がりました!

アグン山が最後に噴火したのは1963年。その当時は今のようにインターネットもなく、TVどころか電気を持たない家も多かったバリの一般的な生活。そのため当時は1000人近くの方が犠牲になったとか。今はさまざまな情報があり、地域住民やインドネシア政府の素早い対応で避難者が14万人となったこともあり(一部はすでに元の生活へ)、良いか悪いか不安もより盛り上がってしまった面がありますね。

一番心配をされるのは噴煙によるフライト遅延だと思いますが、そこは何カ所かの別の空港へ移送する手だてが準備万端のようです。自然のことなので「大丈夫ですか?」と尋ねられても何とも答えることはできませんが…

ひとつ言えるのは、オフシーズンも重なって今からクリスマスまでは「めちゃくちゃ空いている!!」ということでしょうか。多分フライトやホテルも値下げになっていると思うし、渋滞もかなり緩和されているので、狙い目ではあります(笑)。

観光業メインの南国の島ですから、お客さんが来てくれないのは困ったことではありますが、来てくれたらうれしいから精一杯ご案内します!という気持ちでお迎えいたします。

アグン山にまつわるちょっとすごい話を聞きました。
プトゥのご両親はもともと東部クルンクンからヌガラに移住。年代的にもアグン山の噴火が影響しているのかな、と思い、昔話を聞いてみました。

溶岩や噴煙、砂の影響でバリ東部では長い間作物が育たず、ろくに仕事もない状態が続いていました。そこにスカルノ政権時の1965年軍事クーデターが勃発。国民党と共産党に対立が起こり、共産党狩りで一説ではバリ島でも10万人が虐殺されたのだとか。なんと、プトゥのお父さんも共産党員を殺すよう命じられたそうです。人殺しなんて悪いことしたくないし、どうせ仕事もないし、ということで、まだ子どものいなかった身軽な夫婦は、クルンクンから出て行くことを決めたのだそうです。

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One thought on “アグン山こぼれ話

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